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年々歳々、花は同じなれど・・・

2013/03/17
みなさん、こんにちは!

東京では暖かい陽気と寒の戻りが周期的にやってきて、正に「三寒四温」の時期となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

今年で在日歴20年となるアメリカ人の我が旦那chanは、毎年この時期ご近所さんとの時候の挨拶に「サンカンシオン(三寒四温)」を連発します。
何故連発する?理由を知りたい方はコチラ→COCO's ゆるりん2人暮らし

さて昨日の事。あったか陽気に浮かれながら近くの公園の前を通ったら、早咲きの桜が咲いておりました。

修善寺寒桜_20130316

「これが彼岸桜??」と思い、そばに寄ってみたら、あら違うのね。
説明書きによると、これは「シュゼンジカンザクラ」と呼ばれるもので「ヒガンザクラ」とは別種との事。知らなかったさ。静岡県は修善寺に原木があるそうです。

東京に多い「ソメイヨシノ」より赤みが強い色合い。雲一つない青空に良く映えます(後ろの電線が艶消しですが・・・)。

COCO達はとにかく桜が大好き。花見の季節になるともう毎日ワクワク。
春生まれのワタクシは誕生日フィーバーでテンション上がりっ放し。

もちろん毎年欠かさず、飯と酒をしこたま調達して花見に出かけます。しかも何回も。
日本人って桜の季節になると、

『桜の下で何か飲み食いせねば!!たとえ握り飯1個でも良いから!!』

という衝動に駆られるのは何故?
友人に聞いたら「そんなのCOCOちゃんだけだよ」とのこと。

いや、そんなはずはござらん。花を鑑賞しながらの宴会は、江戸時代からの習慣なんだぞ、と検索してみたら、またしても、あら、違うのね。

花見の起源は奈良時代まで遡るのだそう。当時の貴族の行事の一つとして梅花が鑑賞されていたのが、平安時代に桜に代わってきたとの事。
記録に残る花見の初出は、嵯峨天皇が812年(弘仁3年)に神泉苑にて催した「花宴の節(せち)」であるそうな。宮中で天皇主催の定例行事として取り入れられたのが831年(天長8年)だそうである。

そう言えば、源氏物語にもあったなあ。
源氏の君が初めて朧月夜の君と出逢うのが、桜宴の夜であった。
なんて豪奢な花の宴・・・

「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の・・・」

などと、しばし脳内CGで王朝浪漫再現してうっとり・・・。

おっと、話題がずれてしまいましたな。

安土桃山時代の絵画資料には野外での花見が描かれたものもあるらしい。有名な秀吉の「醍醐の花見」は慶長3年3月15日(1598年4月20日)に催されたとか。

もっともこれは雲上人の風流な遊び。我ら庶民の生活に花見の習慣が浸透したのは、やはり江戸時代。市井の者も花見を楽しめるようにと、8代将軍・徳川吉宗が墨田川堤や飛鳥山に桜を植えたのだとか。「享保の吉宗」というと一汁三菜、質素倹約の人ってイメージが強いけど、暴れん坊将軍、なかなか粋じゃないか。

なるほど、事ほど左様に桜下の宴会は日本人の遺伝子情報に組み込まれているのだな。

春が来る→桜咲く→遺伝子から命令が下り、花を愛でつつ呑み、かつ喰らう→桜散り始める→あっ、散ってしまう前に桜吹雪の下で酒を呑まねば!

とまあ、こんなカンジ(笑)?

あれ?じゃ、ウチの旦那はアメリカ人なのに、なぜに同じ衝動に駆られる?
やっぱり遺伝子云々は、単なる呑ん兵衛のヘリクツでござったか・・・


さてさて今年はどんな花見になるやら。

年々歳々花相似たり、歳々年々、お菜同じからず・・・わはは

腕まくりしてお弁当作らなくっちゃだわ!

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09:30 趣味の晩酌 | コメント(0) | トラックバック(0)
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