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感動。長崎巡礼の旅

2010/12/19
みなさん、こんにちは!

長崎への旅とその準備で忙しく、またこの記事を書くために思いのほか時間がかかり、長く更新をできなかったCOCOでございます。

みなさんは長崎に行かれた事はおありでしょうか。今回の旅は、COCOにとっては大昔高校の修学旅行で訪れて以来、旦那chanはもちろん初めてでございました。

4351_浦上教会_遺構

彼の地はCOCOたちのようなカトリック信者にとっては ーー我らのようにあまり敬虔とはいえない信者にとってさえも ーー非常に特別な意味を持ちます。

それは長崎が、日本における「キリスト教の聖地」であり、また「第二の被爆地」であり、そして「神に捧げられた子羊(永井隆博士述)」だから。

それでは、そんなCOCOたちの、ハウステンボスなし、坂本龍馬なし、贅沢グルメもなしのまさに「巡礼の旅」となった旅の記録を、ほんの一部ですがご紹介しましょう。

4362_黒崎教会_外観
  
まずは遠藤周作著、
  小説「沈黙」の舞台のモデ
  ルとなった外海地区の黒崎
  教会。
  
     
教会へと続く階段を昇り
  ながら、ここがあの「トモギ 
  村」なのかと思うと鼻血が出
  そうなほど興奮してしまい
  ました。

  入り口に立つマリア様が実に
  美しい。



4373_黒崎教会_内部

  黒崎教会内部。
  お御堂内は思ったより
  広いです。
  大正9年(1920)12月19日
  ヨハネ・コンパス司教に
  より献堂。
  文化財にとの呼び声も高いと
  か。


4377_出津教会_外観
  同じく外海地区の出津教会。
  明治15年(1882)ド・ロ
  神父によって建てらた、
  白壁が美しい教会。

ド・ロ神父の偉業はスーパーマン並みです。彼の偉業は産業・医療・建築・土木・教育文化・社会福祉に至るまで。信徒である無しに係らず幅広く当時の日本人に貢献してきました。何と言う宣教師魂!

4349_浦上教会_外観2


  聖地浦上の浦上天主堂です。
  大正14年(1925)献堂。
  ロマネスク式の東洋一と謳わ
  れた大天主堂ですが、原爆に
  より全壊。
  現在の建物は昭和33年
  (1958)に再建された。
  
  原爆の爆風に晒されながら
  奇跡的に残った
  「アンゼラスの鐘」は歌にも
  謳われたあの「長崎の鐘」。
  
  記事冒頭の写真は被爆後
  僅かに残った聖堂の一部で、
  新しい天主堂建設時に爆心
  地の碑の広場に移築されたも
  の。


4346_浦上天主堂_天使像
  浦上天主堂前の聖像。
  1945年(昭和20)8月9日
  原爆はこの上空で炸裂しま
  した。
  黒い部分熱線で焼かれた跡。
  熱線が上から照射された事が
  分かります。


4442_大浦天主堂_外観
  信徒発見の地として有名な
  大浦天主堂。
  1614(慶応18年)の
  大禁教令から 251年後、
  浦上の隠れ切支丹数名が
  生命をかけて当時禁足の
  外国人居留地にあるこの
  教会へと向かい、1865年3
  月17日(元治2年2月20日)
  プチジャン神父との面会を
  果たした、奇跡の天主堂。
観光者向けの音声ガイドがひっきりなしに流れるのにはちょっと閉口…。

4509_二十六聖人殉教地
  日本二十六聖人殉教地・
  西坂の丘。像の足がみんな
  垂れ下がっているのは、昇天
  の様子を描いているから。
  豊臣秀吉のキリシ夕ン禁令
  のため大阪・京都で捕えら
  れ、極寒の中徒歩で長崎に
  護送され、この地で処刑され
  日本最初の殉教者たち。

4463_原爆資料館
  原爆資料館にて。
  被爆した浦上天主堂の側壁が
  再現されています。
  実際のものは真っ黒に焼け
  こげていたではないでしょ
  うか。

  館内は撮影OKですが、この
  他の展示資料にはとても
  カメラを向ける気になれず
  撮影断念。
  被爆のロザリオを撮らなか
  ったのが心残りです。


4498_中町教会_外観  
  長崎駅から程近い中町教会。
  早朝のごミサに行ったら
  まだイルミネーションが。
  原爆投下により、外壁と尖塔
  を残して焼失しましたが、
  その外壁と尖塔を再利用して
  昭和26年に再建されたのだ
  そう。


4509_中町教会_ 祭壇
  中町教会内部。
  お御堂の広さに驚き。

  「ほほえみの十字架」は
  フランシスコ・ザビエルの
  生地、ザビエル城にあるもの
  を模して作成されたもの。
  十字架上のイエス様の表情
  は、普通の人間の死に顔と同
  じような表情が一般的です
  が、このイエスはうっすらと
  微笑んでおられます。

  教会建物も祭壇も非常に美し
  いのですが、ごミサがまた
  素晴らしかった!

  男性信徒とシスターが朗々と
  唱い上げるアレルヤ唱に
  感動。



今回の長崎への旅にあたっては、事前に自分自身思い決めていた事がありました。
それはキリスト教への弾圧や殉教の歴史、また原爆の悲劇の爪痕を眼にしても、決しておセンチな感傷に浸ってはいけない、と。
泣いてはいけない、ただ祈るだけ、と。
でもそんな事は無理でした。外海の黒崎教会では鳥肌が立つほど感動し、浦上天主堂では車を降りた時点から言葉を失い、こらえてもこらえて涙が込み上げて来て止まらず。
早朝に訪れた長崎原爆爆心地の碑の前では頭で考える前に自然に跪いて主の祈りを唱えていました。

旅の間こらえ切れずに流した涙が単なる感傷なのか、感動からなのかは自分では分かりません。
COCOはカトリックの信者ではありますが、ローマやバチカンやエルサレムに行った事がなく、よって比較は出来ません。でももしかして、これが「聖地に巡礼する」ということなのでしょうか。

このような感動や記憶も忙しい日々に紛れ、哀しいかな日を追うごとに薄れて行ってしまうのでしょう。
浦上天主堂の前で言葉を失って突っ立っていると信者のお婆さんから「観光ですか?」と問われ、「いいえ、ごミサに出るために来ました」と答えたときの彼女の輝くような笑みはしかし、鮮やかにCOCOの眼に焼き付けられています。

今回の記事は自分自身の旅の総括と記録のために書きました。
長文にも係らず最後までおつきあい下さり、本当にありがとうございました。

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14:45 旦那はアメリカ人 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
No title
お久しぶりです。
ずっと読み逃げしてましたが、長崎の旅レポ、素敵ですねェ。
20年前、母とツアーの一環で訪れた記憶がよみがえりました。国宝にして日本最古の教会。そして弾圧と被爆の歴史。信者でなくともステンドグラスのお御堂内で感動に浸ったことが思い出されました。
いつの日かもう一度、お決まりツアーではなく(笑)フリーで行ってみたい場所のひとつです。
mnさま
おひさしぶり!
お元気でしょうか?

長崎への旅は感動の連続でした。
市内は坂本龍馬一色でした。幕末から明治維新までの歴史にも興味があるので、次回はぜひそちら関係の名所を巡りたいですね。

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